来て、見て、書いた。

自ら足を運び目にしたものを書く方向性。

バイバイふらっふぃーの金曜日

きみはいい人、チャーリー・ブラウンが大千秋楽を迎えてしまった……!

 

さみしい……こまめに見たい……本当にいい作品だったなあ。

 

日常の一コマというキラキラした色とりどりのビーズを、チャーリー達という繊細で純粋な糸で繋いだ、懐かしい宝物のような作品。ビーズも全部が澄んで美しいわけでなく、どうしようもない歪みや汚れもあるし、糸もぐちゃっと(お互いに)絡まったりするけれど、先端は確かに未来に向かっていて。愛しくて大切だなあと思いました。

 

まあ、人を誘うときについ言いますけどね。「わかりやすい話という話はないんだけど」私も友人に言ったし、なんなら劇場で隣に座っていた見知らぬ方も、連れの方に言っていた。笑

細かいエピソードの連なりで、ぱっと見「話がない」ように見える。

でもそれぞれの話の主体となっているキャラクターは、それぞれずっと一つの時間軸の中にいる。ずっと自分自身でいる。

前に……今探すの面倒だから引用しないですけど、前に「(YGCBは)アニメだとカットやシーンが変わるだけでなく、絵そのものも変わって、キャラクターの同一性が保持しづらい」って話をしたんですけど。舞台の場合は逆で、一人を一人で演じるから、その点はブレない。だから、彼ら自身の日常の連なり、その中での一つ一つの感情が描かれていることが、感じやすい。

あと、子ども達の世界っていうのも大きくて……こういうと子供を見くびるなと言われそうなんですけど、子どもって目の前に対して全力で。大人がこれまで成長してくる中で獲得した経験則という名の勝手な思い込みがないから、なんに対してもがっぷり四つに組むんですよね。それでいて、自分の感情の赴くままに、興味の対象を変えて行く。

個人的にgreeシーンのサリーが好きで…ライナスがなんて言ってたか聞きたがってたのに、目の前で動く綺麗な鉛筆に意識が持ってかれるの。「不可解?!」「ふかかい??」「ふかか???」も可愛くて……小学校の頃、歌の練習か何かで集まっている時に、蜂が出て、段々と混乱が広がって、みんな逃げ出した事があったのを思い出します。あと焼き芋屋さんが来て、笑ってはいけない空気になるも、それが面白いタイプの子が笑い出し、みんなが笑ってしまい一回休憩とか。

それは、論理的でないわけでなく、そういう大人の感覚で理解しやすい規定にハマった行動をしないというだけで、当人らには明確に、強烈に、意思があるし、感情がある。

そして演者さんが、所謂子どもじみた演技で誤魔化さずに、心の筋肉をフルに使って、彼らを演じくださった。

あんなに歌詞が飛ぶ推し(もちろん良いことではないんですけど)見た事ないですもん。精神分析シーンも「ああー!」に多分全力なんじゃないかな。名古屋初日は、久々の観劇にテンション上がり過ぎて、初めて子ども目線で話を見てたんですけど(お陰でチャーリーにつられて泣きそうに)、幕間までで疲れ果てて、2幕目はいつもの保護者目線に帰りました……何もかも全身全霊、心マッスルヤバい。チャーリーの良い人さというか……凧揚げ出来ないことも、赤毛の女の子に話しかけられないことも、ほんっっっきで嘆いてるのに、それでもめげないのほんと偉い。ルーシーもみんなもよく生きていた。

話、ではなくて、キャラクターそのものに視点を合わせて見る。

そうすると、その瑞々しい世界・感情、人生の物語が立ち現れてくる。

そういう作品だったんじゃないかな。と。思っております。

 

保護者目線になるし、ビジュアルが最高に好みだし、もうとにかく可愛い可愛い可愛い祭りなんですけど、決して妥協のない、稀有で温かな、ハピネスに包まれた作品でした。

また再演か何かしてほしいなあ。どこかで会いたいね。

 

 

※5/13追記 Twitterで書いてた物をちょっとばかし

 

あの物語の小さなエピソード達を、それぞれの子ども達が継続して経験していること、それによって各々の世界が構成されていることを表現する為にも、キャラクターのブレがあっちゃいけないんだけど、ミュージカルから芝居、ダンスまで幅広い表現の為「同じ人である」ことの難しさがあって。

だからこそ「(役者の)自分自身」を「キャラクター」に沿わせ、支柱をしっかりと立てる事が大切なのかなと。それはルーシーが自分のアンケートで試されたように、自分自身を見つめ直す苦しさもあると同時に、チャーリーが精神分析で悟ったように、「私は私」と再発見する喜びもある。

わかりやすい話らしい話、起承転結序破急云々はないけれど。実は大問として「私とは?」というのがひっそりと立てられているし、役者は演じる中で、観客は見る中で、自分の幼い頃の根源であったり、無垢の感情であったり、日常への愛おしさから、「私とは」を再発見できる。YGCB、良い作品だよ。

村井さんが珍しく千秋楽で衣装について言及していたのも、「私」を構成する一つとしての衣装の重さを感じたからもあるのかな。わかんないけど。大人を子どものように見せること、原作のシルエットを出すことも大切にした上で、素材感とか色で、各々が見分けやすくなってるの、結構大きいと思う。