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来て、見て、書いた。

自ら足を運び目にしたものを書く方向性。

狼少年の金曜日

ゆるやかな真田十勇士ロスに襲われつつ、30日の村井氏10周年イベントの用意をしつつ、想定よりも早く作業が終わったこともあり、おぼんろさんの『狼少年ニ星屑ヲ』を観に行ってまいりました。

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『アイワズライト』を観た時、村井さん演じるマシロが大好きになりました。それはまぁ、いつも通りと言えばそうではあるのですが、いつもよりも奇妙に熱量が多く、粘性も高い感情でした。生きてるうちは湧きいで続ける体温と血流のようにただ当然のごとく温かく蠢き続ける愛おしさ。それは多分、マシロを大切に大切にしていた、末原さん演じるハイバがいたからなんだろうなと、今になって思います。

『狼少年ニ星屑ヲ』は、キンキラキンのラブのあると言われている外の世界に行く為に、船に乗る資格を得ようと奮闘するタクマ達の物語。というとすごくユートピア感あるけれど、実際は程よくディストピアで、でも多分言うほど不幸でも幸福でもない。詳しいことは省くけれど。公式サイトがツイッターをどうぞ。

とにかく、終盤のそれぞれの幸せの形が(それは声であったり、残骸であったり、落ちた影であったりするけれど)現れるところが、すごい胸をついて、震えました。末原さんの津波のような情感も、ジュンペイさんのバランス感覚も、倫平さんの優しい深みも、わかばやしさんのおさえたところも、すごい良くて。

あと、カーテンコール(緞帳はない)で、今回初めて末原さんの、物語を届けたいと言う気持ちや、動員数を増やして行くこと、目標の話を生で聞きました。劇団のサイトやツイッターを見たりしていると、ちらほらと目に入る話なので、別に初めて聞いたと言うわけではないのですが、物語のクライマックスの後、まだ昂ぶっている末原さんの口から聞くと、より心臓に刺さる響きと熱さがあって、妙に涙がこみ上げてきました。

相変わらず、突然自分の話をネジ込みますが。天才になりたいです。何か欠落があるとなお良い。大切なものをそぎ落として、何か一点に全てを注ぎ込める人。自分はつまらない小器用で、不器用では決してないのだろうし、なんとなく何かしらやってみせるし、人から「なんでもできるんですね」とも言われるけれど、何もかも良くて60点程度、多少“らしく”見えるくらいに、地味に地味に仕上げて行くだけ。その上臆病者で、作ったものが自分の頭の中で考えたものと同じかどうかも不安だし、それを受け止めた人が、全く違うことを感じ取るんじゃないかと考えては、もっとやりようがあったんじゃないかと怖くなる。ただ迷いがあるわけではなく…あるけれど…ううん…とにかく、なんかこう、もう一歩踏み出すのが、ほんの一秒早くなれるだけの、自負と才能が欲しいんです。

末原さんは、私の中では割と天才枠にいます。ジーニアスというよりは、ギフトを持った人かな。感情の放出がすごい。バケツなんてケチなこと言わず、海をなみなみ一杯、津波としてぶちまけるような感情が、芝居、キャラクターからほとばしっている感じがします。近くで芝居を観ると、こっちの心のカップがその感情の波に洗われて、中に入っていた自分の感情の水が、全て入れ替わってしまうようなイメージ。

アイワズライトでは、元々村井さんと彼の演じるキャラクターが好きだ!という気持ちの入っていたカップに、ハイバとしての感情がなだれ込んできて、完全に混ざってしまった。今回の狼少年も、外や星屑への強い想いや、終盤の駆け抜けて行く感情をもろに浴びてしまったし、カテコでの叫びも胸に来た。

でもそれでも、届かない時もあるし、だからこそ今も、もがいているんだなぁと。

相変わらず天才にはなりたいし、自分自身の悩みは尽きませんが、それを知って、自分もまだ頑張れるかなと。天才であってももがいてるんだから、凡才も必死こいて爪立ててみようかと、思った次第です。割と折に触れてこんな風に気を取り直してるけど、つまりはその前に何度もちょくちょく定期的に気持ちが折れてるんだよなぁ。

なんの話だか。

美術もお衣装も可愛かったなぁ…アースカラーで…男性陣もほぼ上はワンピースベースだと思うんだけど…大きくない…? なんかこう、ノリで旅行先やチチカカで買ったけど、着るタイミングがなくて、かと言って綺麗なまで捨てるのは惜しいから、とりあえずモードオフに売ったような服と普通に可愛い服が混ざっていた。ランタンみたいに低めに吊り下げられた照明も良かった。段ボール製のもろもろも。人の手の気配がする。あと人の並んだ暗闇で、布擦れの音や歩く気配がすると、不思議に森のイメージが湧く。生きた木々を縫って歩いて行く感じ。

ともあれ。

とにかく、良い体験ができました。